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    この空の花 長岡花火物語 / 映像の魔術師の最強魔法がここに

    感動できる&笑える邦画

    entry_img_236.jpg

    基本情報

    出演 松雪泰子、高嶋政宏、原田夏希、猪股南、寺島咲、筧利夫
    監督・脚本・編集・撮影台本 大林宣彦
    脚本 長谷川孝治
    主題歌 久石譲
    公開 2012年
    あらすじ 新潟県長岡市に暮らす昔の恋人だった教師の片山から、生徒が創作した「まだ戦争には間に合う」という名の舞台と花火を見てほしいと手紙で伝えられた地方紙記者の玲子。その機会を生かし、彼女は東日本大震災の被災者を迅速に受け入れた同地の様子も見て回ることに。市内を旅する中で不思議な出来事と人々に次から次へと遭遇する玲子は、それらすべてが空襲や地震から立ち直ってきた長岡の歴史と密接にかかわってくることに気付く。やがて彼女の旅は、過去、現在、未来といった時間を超越したものへと変わっていく。

    予告編を見る

    感想

    もうとにかくすごい映画。 映画監督ではなく映画作家という肩書きで活動する大林監督の面目躍如というか、これが大林監督が突き詰めようとしていた映像だったのか~と少し茫然とした。 個人的映画体験史上No.1かもしれない。この映画の感想は、「スゴイ!」とか「ワンダーすぎる!」といった感情的で曖昧な語り口でしか表現が出来ないのが悔しい。世の中がいかに語りやすい映画に溢れていたのかを痛感した。

    まず観終わった後に、自分が感動した理由を探し始める事から始まった。印象的なエピソードやセリフを思い出していくが、結局それらが感動の決め手なのでは無く、映像のモンタージュやら合成やらも含めた一つの映画体験そのものがこの映画の圧倒的な魔力の全容であるので、結局どうして感動しているのかを上手く説明出来ないのだ。むしろ、この映画のメッセージを汲み取ろうとする事にこだわりすぎると、言葉の意味や既存の価値観によって映画の印象が矮小化されてしまいそうで怖い。何年後になるのかは分からないけど、この映画の残像が無くなりかけた時にまたこの映画を観て、初見で観た時と同じワンダー体験を味わいたい。そう強く思った。

    映画の物語の中には長岡を巻き込んだ戊辰戦争、太平洋戦争、中越地震のエピソードが時系列ばらばらに織り交ぜられていて、その都度、大きな喪失を抱えた長岡の人々の精神の軌跡を時にドキュメンタリー的に時に演劇的に垣間見る事になる。 そして、長岡で現代まで受け継がれている長岡花火という一種の荘厳な儀式の映像体験をした時に、長岡の復興精神や平和への祈りが長岡の過去と未来とに折り重なって、まさにファンタジーな世界に引き込まれてしまうのだ。

    あの空の花1 あの空の花2

    そして予想通り、この映画の内容を上記のような語り口の文章で書いてみても、NHKのドキュメンタリーアーカイブスの要約のようにしか書けない。

    ホントはこの映画は「ドカーン」「ボーン」「ブンブンブン」「私、知ってる」の映画なのにこの意味不明さのエッセンスを少しも紐解いて伝える事が出来ない。

    おそらく「想像力」という言葉をキーワードにこの映画のメッセージのようなものは真摯に捉えられるんだけど、でもそのメッセージにこの映画が収まるかというと全く収まりがつかないから「なんも言えねぇ」と吐き捨てるしか無い。本来、映画の感想をブログに書くと、自分勝手に解釈出来て、「超気持ち良い」と思いながら頭の中を整理できるんだけど、この映画だけは印象を整理すればするほど手持ちぶさた感が生まれる。何処かに「手ぶらで帰らせるわけにはいかねぇ」と談合する3人組は居ないのか!と思ったら、居た。

    AR三兄弟というユニットの長男 川田十夢さんという人が同じように「この空の花」に感銘を受け、大林監督にインタビューをしていたのだ。 監督いわく、

    (この映画は)物語があるわけでも、確たるメッセージを伝えているわけでもないですからね。むしろそうした混沌の中でみんなに考えてもらうことで、ひとつの道筋くらいはなんとなく示せるかもしれないと。映画では、この物語を外から見るのではなく、中に入ってきてもらうような技術的な仕掛けを視線のあり方などで入れています。そうすると、わからないということが我が事になってしまうから、自分で考えて解決しないといけなくなる。そういう参加型の映画にしたかったんです。(以下リンク参照)

    はい、監督の仕掛け通り、映画の物語の中に頭から突っ込ませてもらいました。なるほど、僕は監督の示そうとした道筋の上に居て、その道がどんな道なのかを必死で考えようとしていただけだったんだ。本来は道の先を見ないといけないんだね。そう思えば、手ぶら感が無くなった。 この映画ではHowの部分である映像表現があまりにもぶっ飛んでいたので、Whatの部分、つまり何を伝えたいのかの部分がちょっとかすんでしまっている。でもそれがこの映画には必要不可欠だと思いこませられてしまうほどのワンダーランドに多くの観客は入場してしまう。普通の描写の長岡映画だったらここまでの感動は無かったはず。ホントにすばらしい映画だった。

    最後にこの映画を観ていない人に頑張って映画の紹介をするとすれば、この映画は「長岡のプロモ映画のふりをした壮大な教育映画だろうと思わせておいて、実は従来の映画表現を進化させようとする大林監督の長年の目論見がとうとう完成系に来た事を暗示している超未来的な娯楽映画だ。」と言いたい。

    映画を観ていない人にとっては何のこっちゃわからない文章だったと思うけど、この映画はとにかく「ドカーン」「ボーン」「ブンブンブン」「私、知ってる」の映画です。

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