えんためのぼやき

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ノーマンズ・ランド (ボスニア紛争)

悲しくなる洋画

ノー・マンズ・ランド [DVD]
ポニーキャニオン (2002-12-18)



出演: ブランコ・ジュリッチ, レネ・ビトラヤツ
監督: ダニス・ダノヴィッチ

解説:  1993年6月。ボスニア紛争の最前線。霧で道に迷ったボスニア軍の兵士たち。いつの間にか敵陣に入り込み、気づいたときにはセルビア軍の攻撃が始まっていた。唯一の生存者チキは、なんとか塹壕にたどり着き身を隠す。そこは、ボスニアとセルビアの中間地帯“ノー・マンズ・ランド”。偵察に来たセルビア新兵ニノと老兵士はボスニア兵の死体の下に地雷を仕掛けて引き上げようとする。その瞬間、隠れていたチキが二人を撃ち、老兵士は死に、ニノは怪我を負う。チキとニノの睨み合いが続く中、死んだと思われていたボスニア兵が意識を取り戻し……。(allcinema ONLINE)

戦争映画は基本的に戦争の不毛さを意識させるものですが、この映画も同様に戦争の不毛さが際立って伝わってきます。しかし、この映画が他と違う点は、凄惨な映像ではなく、ボスニアとセルビアの中間地帯で織りなす人間模様を描くことで戦争を表現していることです。

ボスニア人兵士のチキとセルビア人兵士のニノは「そっちが悪い」「そっちから始めた戦争だ」と互いにいがみ合い銃を向けあう。仕掛けられた地雷によって身動きの取れないチキの仲間は二人の様子を見て「もうたくさんだ、やめてくれ」と言う。
3人を助けようとするも紛争に直接介入することのできない国連軍。
何か特ダネを見つけようとする報道陣。

戦争の緊迫した状況で何一つかみ合わない人間模様は滑稽でもあり悲惨でもある。
大した戦闘シーンはないにもかかわらず、戦争の愚かさと悲痛さを描いたこの映画は
間違いなく名作だと思います。
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ハートロッカー

悲しくなる洋画

ハート・ロッカー [DVD]
ポニーキャニオン (2010-09-02)



出演: ジェレミー・レナー, アンソニー・マッキー, ブライアン・ジェラティ, ガイ・ピアース, レイフ・ファインズ
監督: キャスリン・ビグロー

アカデミー賞6部門を受賞した、キャスリン・ビグロー監督による戦争アクション。バグダット郊外ではブラボー中隊の爆発処理班が任務に及んでいた。ある日彼らは、殉職した仲間の代わりに新リーダーとしてジェームズ二等軍曹を迎え入れるが…。

この映画ではアメリカの正義だとか主張みたいなものは描かれていない。
ただあるのは危険地域で常に死と隣り合わせの人間たちの苦悩と戦争に対しての虚無感です。

戦争の現場は人間の健全な理性をそぎ、決してプラスの感情を生み出すことはない。

にもかかわらず、爆弾処理をするアメリカ兵たち
なんのために爆弾処理をするのか
自分のため?アメリカのため?イラク国民のため?

極限状況を繰り返し得られた感情は何だったのか?
戦争の現場にあるもの、それは正義でも悪でもない

人間の生死があるしかない

 

Akinator知ってますか?

日記

akinator
Akinatorのサイト(英語です)
モバイルだと日本語版もあります。

今、Akinator がすごいです!

人、アニメキャラ、ゲームキャラなどを想像し、Akinatorの質問に答えていくと
9割がたあてられるというものです。

いろんな質問が来るのでそれで絞り込まれていくというからくりはわかるにしても、
なんでわかるんだよ!!となってしまいます。

そしてAkinatorにハマってしまいます。

コンピューターが人間を支配していくっていうのはこんなゲームからはじまるのでしょうか?

これがスカイネットの始まりかもしれません。
 

気球クラブ、その後

考えさせられる邦画




基本情報
出演
深水元基, 川村ゆきえ, 長谷川朝晴, 永作博美, 西山繭子
監督・脚本
園子温
公開
2006年
あらすじ
二郎(深水元基)が所属する“気球クラブ・うわの空”というサークルには、さまざまな想いを抱いた若者たちが集まっていた。5年後、ガールフレンドのみどり(川村ゆきえ)と微妙な関係を続けている二郎のもとに、リーダー村上(長谷川朝晴)の悲報が入る。これをきっかけに、バラバラになっていた仲間たちが再び集まる。

予告編を見る

感想

よくある青春映画といえばそれまでですが、しかしやっぱり園子温監督が大好きな虚構と現実というテーマが中心になります。


川村ゆきえは映画に出てもアイドルでしかないなという印象。
永作博美はやっぱりすごいなという印象。
石田いっせいはクスリなんかやらなければ良い俳優だと思うんだけどな という印象。

久しぶりに集まった気球クラブのメンバーが全員でお互いのケータイの連絡先を消すシーンは自分にとっても身につまされる思いがありました。

ケータイの交換しただけで人間関係が保たれているっていう風に思っているのは、
明らかに間違いだなぁと思いました。
 

空気人形

考えさせられる邦画

空気人形 [DVD]
空気人形 [DVD]
posted with amazlet at 10.09.11
バンダイビジュアル (2010-03-26)
基本情報
出演
ぺ・ドゥナ, ARATA, 板尾創路, オダギリジョー, 高橋昌也
監督・脚本・編集
是枝裕和
原作
業田良家「ゴーダ哲学堂空気人形」
公開
2010年
あらすじ
レトロなアパートで秀雄(板尾創路)と暮らす空気人形(ペ・ドゥナ)に、ある日思いがけずに心が宿ってしまう。人形は持ち主が仕事に出かけるといそいそと身支度を整え、一人で街歩きを楽しむようになる。やがて彼女はレンタルビデオ店で働く純一(ARATA)にひそかな恋心を抱き、自分も彼と同じ店でアルバイトをすることに決めるが……。

予告編を見る


感想

心を持ってしまった「空気人形」。
そのために自分が空っぽであることに気が付いてしまった「空気人形」。

「心を持つことは切ないことでした」
しかし、東京の街には自分と同じ空っぽの人間がたくさんいました。

それぞれが満たされたいと思っているのに、無関心でいられるのは何故?

「空気人形」がある意味で最も人間らしい疑問を抱き、詩を語る

生命は
自分自身で完結できないように
つくられているらしい
花もめしべとおしべが揃っているだけでは
不充分で
虫や風が訪れて
めしべとおしべを仲立ちする

生命はすべて
そのなかに欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ

世界は多分
他者の総和
しかし、互いに欠如を満たすなどとは
知りもせず、知らされもせず
ばらまかれている者同士
無関心でいられる間柄

空気人形の目から見た東京の街はどのようにみえたのだろうか?
きっと羨ましくもあり、憐れでもある。そんな風に思ったかもしれない
初めから心を持って生きていかなければならない人間の運命は
常に時代に流され、社会に流され
苦悩を経験しながら、欲求を満たしていく。

人間と心を持った空気人形の感じる孤独に大した差はない。
ただ人間は空気を抜くだけで終われるような、単純な生物ではない。
そこが人間の幸福な点であり、残酷な点でもあるように思えた。


哲学的であり、詩的であり、映画的でもある世界観と
空気人形という非現実の存在を映すにもかかわらず、非常に現実味のある映像。

世界の是枝ここにありっていう感じです。
是枝監督は一体どこまで突き進むのでしょうか?
 

親知らず抜きました2

日記

雑草と親知らず


今日、右下の親知らずを抜きました!

麻酔して、切開して、歯を抜きやすいように切断して、抜いて、縫合しました。
全然痛くなかったけど、麻酔が切れてからが痛いようです。
まだ痛くないよ

先生はつけまつげがチャーミングな美人先生でした。
若いのにすごいやり手の人だと思います。

歯医者さんだけに歯に衣着せぬ感じで物を言う人です。

写真は「雑草と親知らず」です


どちらもしっかりと根を生やしているのに

必要とされないのは何故?

何故いつも抜かれるだけなの?

っていうメッセージがあります笑
 
 

紀子の食卓

考えさせられる邦画

紀子 ゆか
基本情報
出演
吹石一恵, つぐみ, 吉高由里子, 光石研
監督・脚本
園子温
公開
2006年
概要
"一家団欒"という日常的風景に潜むウソを暴き、家族という虚構を演じる家族を通して、既に崩壊している現代家族の姿を浮き彫りにした衝撃の"ホームドラマ"。大きな物議を醸し出した02年の『自殺サークル』で描いた"ネット自殺"の真相に迫る作品ともなっており、カルロヴィヴァリ国際映画祭特別表彰など、海外の映画祭でも大きな賞賛を浴びた。紀子役を見事に演じ切り、女優として新境地を開いた吹石一恵は、プチョン国際ファンタスティック映画祭で最優秀女優賞を受賞。映画初出演で妹・ユカ役を演じた吉高由里子のフレッシュで個性的な魅力、クミコ役を演じたつぐみの怖いまでの存在感、父・徹三役を演じた日本映画界の名バイプレヤー・光石研の鬼気迫る演技が作品に圧倒的な厚みを与えている。

予告編を見る

感想

この映画好きです。
愛のむきだし」の園子温監督の2006年の映画ですが、「愛のむきだし」より個人的には面白いなと思いました。

観ようと思ったきっかけは、渋谷の東急東横店にでかでかとドラマ「美丘」の広告があり、吉高由里子の顔アップを毎日のように見て、「美丘には吉高由里子の良さが出ていない!!」と心の中で叫んでいるうちに、
蛇にピアス」の吉高由里子が今更になってすごいなと走馬灯のように思うようになり、蛇にピアスをもう一度観ようかと思ったのですが、ARATAのサディストぶりは思い出すだけでブルブルしてしまうので、代わりに何かほかの作品をと思い、この映画に出会いました。

これがあって今の吉高由里子がいるのかわかり納得です。

映画の最後では父、紀子、ユカがそれぞれ別々の決断を下し、自分の新たな役割を認識します。
幸せな家族には一家団欒があり、笑顔があり、会話がある。そういう幸せな家族の輪郭ばかり追い求めて、気がつけば見せかけだけの家族が出来上がった。そんなものは少しの衝撃でいともたやすく崩壊する。

家出した紀子はレンタル家族の仕事を通して、虚構の砂漠を歩き、その中で自分の役割を見出そうとする。
ユカもまた紀子を追うように家出をしてレンタル家族の仕事を始める。
父は家族の再生を求め娘達を探し求める。

三人がレンタル家族として食卓を囲むとき、虚構と現実がぶつかりあい、三人はそれぞれが新たな出発を誓う。

紀子は紀子として現実に生きることを誓い。
ユカは名づけようのない新たな自分に生まれ変わる。
父はまたゼロから家族を作り上げることを誓う。

生きることとは役割を演じること、「あなたはあなたの関係者ですか?」
あなたはあなたという役割を演じきれているのですか?

世界にはシャンパンを注ぐグラスが必要なように、それぞれが役割を演じなければならない。
与えられた役割を全うすること、それがたとえ殺人鬼に殺されることでも。

役割からはみ出た人間は、地球から重力を奪われたように円(サークル)の外にはじかれ、
ふわふわと虚構の砂漠を泳がなければならない。

しかし、宇宙に出てはじめて「地球は丸かった」と認識できるように、虚構の世界からしか現実の輪郭は見えないのかもしれない。そのことを体現していたのがこの映画でいう自殺サークルなのだろうか?

考えれば考えるほどズブズブとこの映画の中にめり込んでいく感覚は他の人にとってみたら、不快なのかもしれません。でも自分はこの感覚が好きです。

園監督にハマった。
 

Etre et avoir ぼくの好きな先生

ドキュメンタリー


出演: ジョルジュ・ロペス
監督: ニコラ・フィリベール

 フランス中部、オーベルニュ地方。小さな村の小さな小学校に、今日もまた生徒たちが登校してくる。ここは全学年で13人の生徒と1人の先生しかいないごくごく小規模な小学校。それでも校内は和やかな雰囲気に包まれている。子供たちをたった1人で教育するジョルジュ・ロペス先生は、この学校で20年に渡り教鞭を執ってきた。先生は午前中に一番年少の子供たちを教える間、上級生たちには自習をさせるなど、古風ながら心のこもった授業を進めている。そんなある日、ロペス先生はあと1年半で退職することを子供たちに告げた。(allcinema ONLINE

日本で、東京で、渋谷で育ち、
世の中をナナメにしか見れなくなった自分の干ばつしてしまったマインドに
潤いを与えてくれたドキュメンタリーです。

子供はこんなに純粋でかわいいものか
成長していく姿とはこんなにも美しいのか

フランスの田舎町の子供はどういう大人になるんだろう?

そして、ロペス先生の風格というか人格?がすごい
しっかり教育者という立場から子供に接していて、やさしく時には厳しく子供を包んでいます。

ロペス先生の生徒への問いかけは常に明快で、生徒が自ら答えられるように自然に誘導していきます。
生徒全員の前では常に平等だけど、対個人になるとそれぞれが抱える悩みや問題をちゃんと聞いて親身になってくれる。まさに理想の先生です。

一番感動したシーンがあります。

先生「お父さんは元気かい?」
少年「うん、でもまた体調が悪いって」
先生「また入院するのかい?」
少年「うん(泣き始める)」
先生「原因はわかっているのかな?」
少年「……。」
先生「(少年の肩に手をやり)病気は嫌なことだけれど、病気も人生の一部だ。一緒に生きていかないと」
少年「うん泣」
(若干うる覚え)

いまだかつて11歳の少年にこんな風に諭す先生がいたでしょうか?しかもドキュメンタリーです。

ロペス先生でかすぎます。
こんな素敵な先生に教わりたい

 

ビューティフル・ルーザーズ

ドキュメンタリー

bl

解説: 1990年代にストリートから生まれ、カルチャー・ムーブメントを巻き起こした個性派アーティスト集団を追うドキュメンタリー。メンバーへのインタビューを中心に、新しいアートが世界へと羽ばたく過程をみせる。『ミスター・ロンリー』のハーモニー・コリン監督や、グラフィック・デザイナーとしても活躍する『サムサッカー』のマイク・ミルズらが当時の熱気を振り返る。己の信念に従い作品を創造する、彼らの職人技とプラス思考は感動的。
シネマトゥデイ(外部リンク)

あらすじ: 1990年代アメリカにはスケートボードやサーフィン、パンクやヒップホップや“グラフィティ”と呼ばれる壁の落書きに夢中な若者がいた。社会からはみ出した落ちこぼれの彼らは“ルーザーズ”と呼ばれる負け組だった。だが、やがてニューヨークのギャラリーにルーザーズたちが集まり始め、互いに刺激し合いながら型破りなアートを生み出していく。

最近はドキュメンタリーにも興味が出てきました。
いろんな人の人生そのものを抽出して観ることができることって、よくよく考えるとすごいことだなって思いません?

この映画ではNYのギャラリーを中心に社会のアウトサイダー達が既存の芸術ではない表現方法と作品によって、
世界に新たな芸術のメインストリームを作り出していったアーティストたちのドキュメンタリーです。

今では彼らのアートはNIKEやGAPなどの大手企業の広告となっていますが、始めの頃は社会から蔑視され、孤独な日々だった。そんな孤独なものたちがNYに集まりギャラリーを開き、互いに共鳴しあい、刺激しあい、一流のアーティストとしてのぼりつめていきました。

彼らは幸運にも同じ信念を持つ仲間と出会う事ができたから、大きなアクションを起こせたのだろうと思います。

これまでの芸術家にはなかった人間同士の横のつながりがあったから、彼らは互いに高めあい、そして大成出来たんでしょう。というかそもそも自分たちのことを芸術家と思っていないんだと思います。

ビューティフル・ルーザーズ 美しき敗北者たち 
日本には勝ち負けの組しかないからこんな言葉ありえないのかなぁ?
 

グレムリンのTシャツ買っちゃいました!

日記

ギズモ2

唐突ですが、前から買おうと思っていたグレムリンTシャツを買いました。
グレムリンは小学校上がる前ぐらいのときに兄が観ているのを一緒に観て、ギズモに水かけて出てきた悪い奴らが怖すぎてぶるぶる震えて泣いていました。夢に出てくるぐらい怖くてトラウマになったものです。

トラウマのTシャツを着るという事が自分にとっての成長の証になるという事で買いました。
かわいいほうのギズモは巾着袋で、いつもハンディカムを入れています。
NEW ERAの帽子は一度も被ったことありません。
サイズ大きいし、頭の形と合わないし

グリムリンの大ファンていうわけじゃないのに、いつも頭から離れないのでグッズを観ると買ってしまいます。

ギズモ3

 
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