えんためのぼやき


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解説: 『映画史』『愛の世紀』などで知られる、フランスの巨匠ジャン=リュック・ゴダールが、サラエヴォの厳しい現実を少女オルガの生き様を通して描いた意欲作。ゴダール特有の詩的な映像が堪能できるとともに、マフムード・ダーウィッシュやピエール・ベルグニウといった、フランスやサラエヴォと縁の深い芸術家たちが実名で登場している点も興味深い。
シネマトゥデイ

あらすじ: 戦争の傷跡が深く刻まれた町サラエヴォに住む大学生のオルガ(ナード・デュー)は、講師として生徒を教える映画監督(ジャン=リュック・ゴダール)に自作の映像作品を渡そうとする。

なんだかんだでゴダール映画を見てしまうのはなぜなのか?
どうせわからないのに

とは思いつつも、この映画は比較的わかりやすい?と思います。
映画は3つのパートに分かれ、戦争映像のモンタージュによる“地獄編”、サラエボを舞台に“本の出会い”というイベントに招かれた映画監督と、その講義を聞きに来た女子学生の交流を描いた“煉獄編”、“煉獄編”で殉教した女子学生が小川のせせらぎを歩く“天国編”で構成されています。

最初10分の戦争映像のモンタージュは過去の映画での映像や実際の戦争の映像を繋げ合わせていて、次の煉獄編でゴダール自身が語る映画の原理の話しでその映像の切り返しの意図がわかります。

ゴダール自身が語る印象的なセリフがあります。
「イメージの切り返し 想像的な確実さと、現実的な不確実さ、映画の原理とは光に向かい、その光で私たちの闇を照らすこと」

フィクションとドキュメンタリーを意識させることで新たな第3の映像をつくりだす。
映像は言語によってその意味を覆い隠されてはならない、映像それ自体がわれわれにイメージを喚起させ、新たな現実を認識させてくれる。
ゴダールの映画に対する姿勢がよくわかります。
イスラエルとかパレスチナについては正直、問題意識がまだよくわからないので、その辺の話はおいおい勉強していこうと思います。

ゴダールはやっぱすごい!映画詩人ていう感じ


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監督: ジャン・リュック・ゴダール
出演: ジャン・ポール・ベルモンド, ジャン・リュック・ゴダール, アンナ・カリーナ, グラツィエッラ・ガルヴァーニ, サミュエル・フラー
 ジャン=リュック・ゴダールの描く、「勝手にしやがれ」と並ぶヌーヴェル・ヴァーグの代表的作品。映画的文法に基づいたストーリーというものはなく、既成の様々な映画の要素を混ぜ合わせ、光・色・音等を交差させて、引用で組み立てられた作品。「勝手にしやがれ」のジャン=ポール・ベルモンドを主演にして、ただただ破滅へと向かってゆく主人公の姿を描く。(allcinema ONLINE)

ゴダールの二作目気狂いピエロを見ました!
「勝手にしやがれ」ではゴダールの凄みはあまりわかりませんでした。
しかし、今回二作目をみてなんとなくゴダールの凄みがわかった気がします。

自分は映画は物語性がなければならないと勝手に思い込んでいたんですね
ゴダールはそういう観念をぶち壊してくれました。

主人公は哲学を語り、深く考えるものの、彼の最終的な行動は一瞬の感情による衝動的なものです。
人間は薄っぺらいのか厚みがあるのかさっぱりわからない
そういうフェルディナンの二面性をみてマリアンヌは「ピエロ」と呼んでいたのかな?

ゴダールの作品はピカソの絵みたいなもんです。
作品の上っ面だけだったら意味不明ですもんね

 

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出演: ジャン・ポール・ベルモンド, ジーン・セバーグ, ダニエル・ブーランジェ
監督: ジャン・リュック・ゴダール

フランス映画の巨匠ゴダールのデビュー作
正直難しい、セリフも哲学っぽい会話が多いので、字幕だとパッと理解できない。
でも、名作と言われるのには絶対その理由があるはずです。

自分の力では分析不能なのでネットで見つけたどなたかのゴダールについての文章を引用します。

彼はチャップリンやホークスといった娯楽映画を高く評価し、フランス映画を否定した。B級映画に対する興味も深まり、それが高じて自身もようやく映画製作に取りかかるが、最初の長編「勝手にしやがれ」のスタイルは、他の作家のそれとは明らかに次元が異なり、従来の映画形式を打破するほどの意欲作であった。隠しカメラを使うなどして、実際に路上で即興演技をさせて仕上げた作品だが、場面は途中でずたずたにカットされ、物語という時間の形式そのものを破壊しており、それはより「映画」を意識させた。滑稽とアマチュアリズムとわざとらしさ満ちた同作は映画における革命であり、ヌーベルバーグという映画傾向を生み出すこととなる。
 ゴダールは常に革命家であった。以後もゴダールは物議を醸す問題作を勢力的に次々と放ち続ける。その作品数は実験映画やVTR映画など幾度も寄り道を重ね、うなぎのぼりに増えていく。この革命精神が、後の映画に政治色を濃厚にもたらす結果となる。
 彼の初期作品の本質は、物語性よりも独創的かつ刹那的な映像と音響にあると言え、特徴的な性格を持つ登場人物たちの人生を、観客たちが補完し考えることで、映画全体のムードに浸れるというようなものであった。映画からは、どことなくゴダールの女性不信の思いが表れているような気がしなくもない。
巨匠の歴史第40回より)

物語という時間の形式を破壊しているから、まるで絵画を見ているかのような不思議な感覚になります。
またいつか見たらもっと違う感想が持てる映画だとおもいました。
 
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